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ゾーンへの道

提供:一般社団法人日本アスリート姿勢協会

検定:ゾーン検定

 

「フロー現象」「ゾーン体験」という言葉を聞いたことがありますか? 

鍛え抜かれた一流アスリートが究極の集中力を発揮し、神がかったプレーが可能となった状態・感覚をあらわす場合などによく使われます。

打撃の神様といわれた川上哲治さんの名言「ボールが止まって見える」などは、典型的でわかりやすい例だと思います。

プロのピッチャーが投げてきたボールが止まって見えるのだから、よほどの鍛錬を積み重ねた達人だということが伝わってきます。

ここでは、「フロー現象」「ゾーン体験」についての考察を進めてみます。

 

<目次>

  1. アスリート達の証言
  2. ゾーンと集中力の関係
  3. 目線の鍛錬により心眼を得る
  4. ビジネスにおけるマインドフルネス活用
  5. 誰にでもゾーンへの道は開かれている
  6. ゾーンは心身相即的な現象
  7. まとめ
  8. 執筆者について

1.アスリート達の証言

自らのゾーン体験を語るアスリートの証言は数多くあります。

心理学・精神医学の分野では「フロー」「ゾーン」の研究が進んでおり、アスリートの証言を集めた興味深い報告があります。

 

  • バドミントン:コートがクリアーに見えた。透明なシャボン玉の中に自分が入っていた。
  • 競泳:カプセルに入っているように自分だけの世界にいるようだった。
  • サッカー:ピッチ上で横からチームを見ているにもかかわらず、スタジアムの上から全体を見ている感覚。試合前に、すべてをコントロールしていて、勝つということがわかった。
  • 陸上:水の中にいるような感じで、音は聞こえてはいるが、耳に入ってこない。
  • 野球:地球と一体化していた。自分が木になった感じ。
  • シンクロナイズド・スイミング:手足の動くべき軌道が線で見えた。
  • ラグビー:白い丸い光が自分の周りを回っていたとき、「私たちがついているから今日は思う存分やりなさい」という声が聞こえた。
  • 柔道:相手と対峙した時、相手により、赤・金・黒などの色が見えた。
  • 飛び込み:ボディスーツを着ているような透明な膜が、身体周りに張っていた。

 

「シャボン玉の中」「カプセルに入っている」「水の中」「ボディスーツを着ているような透明な膜」といった表現からは、集中して周囲から遮断された空間をアスリート自らがつくり出しているような感覚が伝わってきます。

「ピッチ上で横からチームを見ているにもかかわらず、スタジアムの上から全体を見ている」というサッカー選手による俯瞰感覚 。

このような「普通は見えないはずのものが見えた、察知できた」という話を、何人かの一流プレーヤーが異口同音に語っています。

三浦知良選手がゴールを決めた後「見えた見えた!」と言っていたことがあります。

シュートする直前に、ゴールキーパーが動く映像が見えた(瞬時に予知できた)ようです。

現役時代のジダン選手も同じようなことを言っていたと記憶しています。

こんな通常では考えにくい感覚を経験したアスリートは、結構多いのではないかと思います。

ただ、それを人に説明するのは難しい、自分でもなぜできるのかわからない、いつでもできるわけではないし、ゾーン体験は突然やってくるわけです。

2.ゾーンと集中力の関係

私は古武術活法や殺法を長年研究し、合氣柔術、柔道、居合抜刀道などの鍛錬を重ねてきました。

世界で活躍するアスリートには到底及ばない私でも、これまでに何度かゾーン体験に遭遇したことがあります。

ある日ぼんやり歩いていたら、突然、野球ボールが自分の顔に向かって飛んでくるビジョンが浮かんだんですね。

その瞬間、実際にボールが飛んできて、咄嗟に顔の前に現れたボールをキャッチしていました。

実は、自分から2メートルくらいしか離れていない場 所で子供たちがキャッチボールをしていたのですが、それを気に留めず歩いていたわけです。

ボールを投げた子も驚いたらしく、私に謝りもせず「すごい、この人できる!」とはしゃいでいました。

なぜ、このような手前味噌な話をあえてしたのかというと、「集中すること」についてもっと踏み込んで考えてみたいからです。

ボールをキャッチした時、私は何か一つのことに集中していたわけではなく、取り立てて周囲に注意を払っていたわけでもありませんでした。

逆にけっこう弛んだ状態というか、リラックスした平常心で散歩していただけ。

つまり、スポーツの試合のような緊張感の中で、集中力を研ぎ澄ましていなくても、ゾーンに入ることはできるということです。

ここで問題となるのは、集中力の内実です。

「集中するぞ!」という意識を過剰に持ち頑張ってみても、むしろ意識の集中は遠のき、ゾーンに入ることなど到底できません。

ゾーン体験のある人たちが口を揃えるのは、究極の集中は究極のリラックスと共にあるということです。

「リラックスした状態」を他の言葉で表せば、「楽しんでいる状態」「ごきげんな状態」と言ってもよいでしょう。

ゾーン体験中、本人は「集中しよう」などとは考えていないはずです。

無我夢中でプレーに没入し楽しむ。

その行為が意識を集中させ、ゾーン体験を生みます。

3.目線の鍛錬により心眼を得る

ゾーン体験と集中力の関係を考えるうえで大きなヒントとなるのは、武道における「目据え」です。

目据えとは目線のことですが、その極意は「遠き山を観るが如し」。

相手を凝視するのではなく、動きや気配全体を感じ取るぼんやりとした目線を身につけることです。

眼でとらえる視覚的な情報だけにとらわれず、五感(さらには第六感)すべてを働かせる鍛錬を重ねることで「心眼」を開かせるのです。

心眼とは、真実を見抜く心の眼(まなこ)という意味です。

物事を視覚だけで捉えずに真実・真意を見抜く心眼 で捉えるのです。

心眼を得ると、例えばサッカーであれば、ゴールキーパーの動きがボールを蹴る前に見え、蹴る前に蹴ったボールの軌跡が見え相手の動きが動く前に見えるようになる。

つまりゾーンに入ることができます。

宮本武蔵が使ったと言われる「半眼(目を細めて特定の対象に焦点を合わせない目線)」こそ、遠き山を観るが如し視線です。

また、仏様の基本目線も半眼であることが、数々の仏像からうかがい知れます。

剣の達人も仏も半眼(遠き山を観るが如し視線)という鍛錬によって心眼を得ていたのでしょう。

多くのアスリート達も、ゾーンに入る(高度な集中力を得る)ためのメンタルトレーニングとして、仏教の修行を起源とする瞑想を取り入れています。

4.ビジネスにおけるマインドフルネス活用

フロー、ゾーン体験は、アスリートの専売特許ではありません 。

アップル社のスティーブ・ジョブズ氏は日本人の禅僧に30年間師事し、座禅を組み瞑想を続けていたといいます。

瞑想により自己の深部をみつめることは、彼の天才的なクリエイティビティの源泉となっていました。

ジョブズ氏の禅に触発されて、その後グーグル社などの大手IT企業がこぞってマインドフルネス瞑想を社員研修などに取り入れ始めます。

瞑想によるゾーン体験をビジネスに活かそうというわけです。

マインドフルネスは今やブームとなっていますが、仏教の瞑想修行から宗教色を取り除いたものと考えればよいでしょう。

仏教の瞑想修行は悟りを開くために長年続けられるものですが、ビジネスにおいて瞑想を活用する狙いは、脳波をリラックス状態で出るアルファ波やシータ波に変化させることにあります。

脳をクリエイティブな状態にして、仕事に没頭しようとするわけです。

5.誰にでもゾーンへの道は開かれている

ここまでの話で、スポーツ選手や武道家が到達するゾーンとビジネスマンにとってのゾーン体験は、ちょっとレベルが違うんじゃないの?と思われた方も多いと思います。

確かに、日々超人的なトレーニングをこなすアスリートとビジネスマンでは、特に身体レベルで大きな違いがあり、そもそも目指しているものが違います。

しかし、今という瞬間に意識を向け、とらわれのない時間を生きることで調和のとれた集中力を得るという意味では同じです。

ゾーン体験の質は違っても、誰にでもゾーンへの道は開かれています。

例えば、好きなことをやっていたら時間がたつのがとても早く感じられるものです。

「つまらない単純作業と思ってやっていたら、いつの間にかはまってしまい気がついたら集中していた」なんて経験は誰にでもあると思います。

日常生活の中にも、自然とゾーンに入ってしまう瞬間が潜んでいるものです。

6.ゾーンは心身相即的な現象

瞑想とは、心を理想的な状態に導くためのメソッドです。

静かに座って目を閉じ、心を鎮める。

そんな感じで、じっと内省的な時を過ごすイメージがあります。

しかし、瞑想の本質はもっと心身相即的なところにあります。

武術や太極拳、ヨガなどに通じる身体技術なのです。

体の動きを最小限に抑えた身体技術。

瞑想とは、姿勢、呼吸、筋弛緩といったミニマルな生理的運動と心を連動させる技法です。

「心が何かに囚われていても、あるがままに受け流しなさい」。

瞑想の達人はそう教えます。

己の思考を傍観し、瞑想に親しみ続けることで、行者はやがて我を超え「空くう」を察知します。

ゾーン体験も心身相即的な現象です。

無意識的な意志が自働的に身体を動かし、認知とは異なるレベルの知覚が発動します。

マイケル・ジョーダンやコービー・ブライアントを育てた NBA の名将フィル・ジャクソンは、バスケットボールの練習に瞑想を取り入れ“禅マスター”と呼ばれていました。

ジャクソン氏は自著『シカゴ・ブルズ 勝利への意識革命』で、ゾーンに入る秘訣として 大変興味深い発言をしています。

「秘訣は、考えないことだ。と言っても、馬鹿になるのではない。とめどなく次から次へと浮かぶ考えを鎮めて、自分の体が、頭に邪魔されることなく、やるように訓練されてきたことを本能的にできるようにするという意味だ」

まさに“禅マスター”らしい巧みな言い回し、ゾーンの本質をしっかり捉えていると思います。

7.まとめ

心理学・精神医学の分野では「フロー」「ゾーン」の研究が進んでおり、アスリートの証言を集めた興味深い報告が数多くあります。

しかしスポーツの試合のような緊張感の中で集中力を研ぎ澄ましていなくても、ゾーンに入ることはできます。

ゾーン体験のある人たちが口を揃えるのは、究極の集中は究極のリラックスと共にあるということです。

その際、大きなヒントとなるのは仏教の瞑想でいわれる「半眼(目を細めて特定の対象に焦点を合わせない目線)」です。

仏教の瞑想修行は悟りを開くために長年続けられるものですが、ビジネスにおいては、脳をクリエイティブな状態にして、仕事に没頭しようという狙いがあります。

スポーツ選手や武道家が到達するゾーンとビジネスマンにとってのゾーン体験は、ゾーン体験の質は違っても、とらわれのない時間を生きることで調和のとれた集中力を得るという意味では同じであり、誰にでもゾーンへの道は開かれています。

ゾーン体験は心身相即的な現象であり、無意識的な意志が自働的に身体を動かし、認知とは異なるレベルの知覚が発動します。

7.執筆者について

岩井光龍

  • 愛和メディカルグループ代表
  • 一般社団法人日本アスリート姿勢協会代表理事
  • 株式会社AMS 代表取締役
  • 日本AMS療法研究所所長
  • 鍼灸師、按摩マッサージ指圧師、柔道整復師、
  • 錬氣術師、カイロプラクター、プロアスリートトレーナー

 

愛知県出身。10歳頃より柔道を習い、以来、柔術・空手・合氣道・居合兵道・抜刀術・古武道など多種にわたる武道を実践研究する。

東洋医学・西洋医学・古流整体術・カイロプラクティック・オステオパシー・アユルベーダ・チベット医学など古今東西の治療理論と実践研究を行い、延べ30万人以上に及ぶ臨床データをもとに「AMSメソッド(assistive movement supporting method)」を考案。

 

 

 

著書:

「1分で姿勢が良くなる!」

「美と健康の姿勢学」

「交通事故の治療で、患者さんが今すぐ知るべき、たった1つのこととは」

「交通事故の衝撃で体が歪む」